娘がバレエ教室を移籍して、4か月。
やっと私の気持ちも落ち着いてきました。
移籍を決めるまで、本当にたくさん泣きました。
娘も泣いたし、私も泣いた。
前の教室では、先生の求める技術になかなか届かず、コンクールでも思うような結果を出すことができませんでした。
私はそれでも、娘が楽しくバレエに通えているなら、それでいいと思っていました。
コンクールはとてもお金がかかるけど(笑)、結果がすべてではない。
私はそう思っていました。
でも、先生からはお叱りのメールが届くこともありました。
「もっとできるはず」
「できるはずなのに、きついことをやろうとしない」
「やらないから、必要な筋肉がついていない」
そう言われるたびに、
娘は努力が足りないのかな。
私が甘いのかな。
そんなことを何度も考えました。
確かに娘は、家で毎日ストレッチをしたり、レッスンの復習をしたりする子ではありませんでした。
でも、そもそもそんな時間がなかった。
学校へ行って、帰ってきて、バレエへ行く。
レッスンが終われば、帰宅は22時過ぎ。
慌ててご飯を食べて、お風呂に入って、寝る。
疲れが残った身体で朝起きて、また学校へ行く。
それだけで必死な毎日でした。
それでも私は、娘の踊りが好きでした。
上手いとか下手とか。
何位だったとか。
そういうこととは別に、私は娘が楽しそうにバレエを踊っている姿を見るのが好きでした。
コンクールだって、最初の頃はバリエーションを踊れることが嬉しくて、娘もとても楽しみに通っていました。
でも、いつからだったのかな。
だんだん、辛そうな顔でレッスンへ向かうことが増えていきました。
家でも、家族(主に父と弟(笑))に八つ当たりのようなことを言うようになりました。
「今日、何か怒られたのかな?」
「それとも思春期なのかな?」
最初は、そんな小さな心配から始まったように思います。
あるコンクールの前、娘が体調を崩しました。
胃腸風邪を引きました。
熱が出て、気持ち悪くて、ほとんど何も食べられない。
ただでさえ細い身体が、さらに細くなっていきました。
そのとき私は、優しくしてあげるより先に、
「なんで今なの?」
「コンクール欠席するの?」
「出場料だってもう払ってるのに」
「先生にも迷惑がかかる」
そんなことを思ってしまいました。
そして、体調の悪い娘を責めてしまいました。
今思えば、あの頃の私は私で、追い詰められていたんだと思います。
なんとか熱も下がり、まだ体調が万全ではない中、娘はコンクールに参加しました。
それでも、先生の厳しさが緩むことはありませんでした。
もう無理かもしれない。
と思いました。
だって私にとっては、
バレエが上手に踊れる娘より先に、毎日笑顔で元気にいてくれる娘が大事だったから。
体調が悪くても、娘なりに頑張って、頑張って、なんとかコンクールに出ました。
舞台に立つ娘は、周りの誰よりも細く見えました。
それでも倒れることなく、最後まで一曲を踊り切りました。
私には、それだけで十分でした。
よく舞台に立ったね。
よく最後まで踊ったね。
私はその先に、せめて
「よく頑張ったね」
という言葉があるものだと思っていました。
でも、娘にかけられたのは、厳しい言葉でした。
もし、これがバレエの世界なら。
ここまでしなければ続けられない世界なら、私はもう娘にやめてほしい。
あのとき、親としてそう思ってしまいました。
どんなにバレエが好きでも、どんなに上手になってほしくても、娘が心も身体もすり減らしてまで続けてほしいとは思えなかったからです。
でも、娘の習い事をどうするかは、私が決めることじゃない。
続けるのか、辞めるのか。
それを決めるのは娘です。
そしてまた、次のコンクールに向けてのレッスンが始まりました。
今度は、先生が選んでくださった新しい曲での挑戦でした。
ちょうどその頃、娘は中学生になったばかり。
新しい学校、新しい友達、新しい生活。
心も身体も疲れていた時期だったと思います。
それでも、学校が終わるとバレエへ行き、毎日のように夜遅くまで踊っていました。
娘なりに、本当によく頑張っていたと思います。
でも、次のコンクールでも、思うような結果を出すことはできませんでした。
そして、その翌日。
娘には、さらに厳しい言葉が待っていました。
それまでも何度も厳しい言葉を受けてきました。
娘もいつものように受け流しているのだと思っていました。
でも、その日は違いました。
娘が初めて、私に言いました。
「もう、どうやってレッスンしたらいいのかわからない」
ああ、限界なんだ。
そう思いました。
私は娘に言いました。
「移籍しよう」
移籍という言葉には、なんとなくいいイメージがありませんでした。
長くお世話になった教室を去ること。
途中でやめること。
それを「負け」だと思う人もいるかもしれない。
一緒に頑張ってきた仲間を裏切るように感じる人もいるかもしれない。
でも私たちは、簡単に逃げたわけではありませんでした。
限界まで頑張って、それでも無理だった。
だから離れることを決めました。
新しい教室を探しました。
体験レッスンにも行きました。
久しぶりに、少し離れたところから娘のレッスンをじっくり見ました。
娘、そんなに下手じゃない。
親なので、もちろんひいき目はあります(笑)。
また、ぐるぐる考えました。
なぜ娘は、あんなに厳しくされなければならなかったんだろう。
何がそんなにダメだったんだろう。
どうして認めてもらえなかったんだろう。
そして私は、前の先生に聞いてしまいました。
ChatGPTには全力で止められたけど(笑)。
それでも、聞かずにはいられませんでした。
そして、そのお返事を読んで、また傷つきました。
ボロボロになりました。
でも今は、
それでよかったと思っています。
そこまでやったから、もう戻らなくていいと思えた。
新しい教室を決めることができました。
新しい先生たちは、娘を優しく受け入れてくれました。
娘はまた、
「バレエ楽しい」
と言うようになりました。
それから4か月。
先日、娘があるワークショップに参加しました。
詳しい内容はよくわからないけれど(笑)。
そこで娘は初めて触れた踊りを、とても気に入ったようでした。
帰ってきて、
「楽しかったー」
と言いました。
そしてその夜。
娘が自分から、習ったことを復習していました。
そして次の日も、ワークショップへ向かう直前まで練習していました。
私はそれを見ながら、ちょっと驚きました。
誰も、
「練習しなさい」
なんて言っていない。
私も何も言っていない。
それなのに、自分からやっている。
そのとき、ずっと引っかかっていたものが、ひとつ外れました。
この子は、努力しない子じゃなかった。
やりたいことなら、何も言われなくてもやる子だった。
私はたぶん、それをずっと知っていたんだと思います。
だから「もっと練習しなさい」と言えなかった。
言わなかった。
でも周りを見れば、努力して結果を出す子がいる。
コンクールで入賞する子がいる。
そんな姿を見るたび、
私が甘かったのかな。
もっとやらせた方がよかったのかな。
と、何度も自分の軸が揺れました。
そして今回、もうひとつ嬉しいことがありました。
ワークショップで、知らない教室の子が娘に声をかけてくれたそうです。
「どこの教室に通ってるの?」
「踊りがきれいだと思って」
と言ってくれたそうです。
その話を聞いたとき、
ああ。
これだったんだ。
と思いました。
私が娘のバレエにずっと求めていたもの。
それは、
美
でした。
脚がどこまで上がるとか。
何回回れるとか。
コンクールで何位になるとか。
もちろん、それもすごいことです。
美しく踊るためには、技術も絶対に必要です。
膝を伸ばすことも。
身体を強くすることも。
アンデオールも、体幹も、足先も。
これから娘には、まだまだ身につけなければならないことがたくさんあります。
でも私にとって、
技術はゴールではなかった。
美しく踊るために、技術がいる。
自分の中にあるものを、身体を使って自由に表現するために、技術がいる。
私が見たいのは、
「こんなに難しいことができます」
というバレエではなく、
見ているうちに技術のことなんて忘れてしまうような、
ただ、
美しい。
と思えるバレエだったんです。
そういえば少し前、バレエの本の帯に使われていた一枚の絵に、とても心を惹かれました。
《ラ・シルフィード》の絵です。

ただただ、その姿が美しいと思って飾っていました。
そして、そこに写っているバレリーナのことを知りたくなって調べているうちに、マリー・タリオーニというバレリーナにたどり着きました。
今度はタリオーニの古い版画まで海外から買って、家に飾りました。

今回、娘が参加したブルノンヴィルのワークショップ。
少し調べてみると《ラ・シルフィード》と、ブルノンヴィルには深いつながりがあることを知りました。
え、ここ、つながってたの?
となりました(笑)。
バレエの歴史に詳しいわけでもありません。
メソッドの違いなんて、正直よく知りませんでした。
ただ見て、
「美しい」
と思ったから。
家に飾って、毎日眺めています。
私は昔から、自分の目で見て、心が動いた方を選んできました。
何が好きなのか。
何を美しいと思うのか。
自分にとって何が大切なのか。
頭で説明できなくても、自分の目はちゃんと選んでいた。
そして今度は娘が、そのブルノンヴィルのバレエを「楽しい」と言っている。
ああ、同じだったんだ。
私が「美しい」と心を動かされたものと、娘が「楽しい」と心を動かされたもの。
それぞれ違う入り口から、同じところにたどり着いていました。
前の教室で過ごした時間が、すべて間違いだったとは思いません。
娘はそこで何年も頑張りました。
たくさん教えていただきました。
舞台にも立ちました。
コンクールにも挑戦しました。
技術だって身につきました。
あの時間があったから、今の娘があります。
だから、そこには感謝しています。
そして、あの苦しかった時間があったからこそ、
私たちは何を大切にしたいのか
が、やっとわかったのかもしれません。
順位を見て、また心がざわつく日もあると思います。
「あのままいた方がよかったのかな」
と一瞬思う日も、きっとある。
そんなときは、ここに戻ろうと思います。
娘が、
「楽しかったー」
と言いながら、自分から踊っていた姿。
そして知らない誰かが娘を見て、
「踊りがきれいだと思った」
と言ってくれたこと。
娘がバレエを踊る人生は、娘のものです。
だから最後に何を目指すのかも、本当は娘が決めること。
私はただ、
元気で。
笑っていて。
自分が美しいと思うものを、自分の目で選べる人でいてほしい。
そして私は私で、自分の目を信じようと思います。
これから迷ったら、美しいと思う方へ。
娘のバレエも。
私の人生も。
……なんて書きながら、また泣いています(笑)。
本当によく泣いた数ヶ月でした。
でも、あのときの涙とは少し違う。
やっと、これでよかったんだと思えました。
どこまで行けるかなんて、まだわからない。
でも、自分が「好き」と思うものを大切にして、
自分が「美しい」と思う方へ進んでいってほしい。
自分を信じて、頑張れ娘!
