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怖いと思っていたアンティークドールに、どっぷりハマった話。

子どもが生まれてからの約10年間。

自分のために自由に使える時間は、ほとんどありませんでした。

子育て中のお母さんなら、きっとみんな同じですよね。

もちろん、子どもたちはかわいい。
でも、かわいいからって育児が楽になるわけでもなく。

結婚して子どもを産むまで、私はかなり自由に生きてきました。
自分の時間は、自分の好きなように使う。それが当たり前だった日々。

そんな私にとって、育児に振り回される毎日は、思っていた以上に大変でした。

朝は遅刻しないか時計を気にしながら、子どもを保育園へ送る。
そのまま急いで出社。

仕事では、保育園のお迎えがあるから残業できない。
周りがまだ働いている中で帰ることに、なんとなく申し訳なさを感じながら仕事をしていました。

時間になったら保育園へお迎えに行って、家に帰ったらごはんを作る。
食べさせたら、今度はお風呂。

一日が終わって、子どもたちを寝かせて。

ようやく布団に入る。

子どもたちを起こさないよう、物音を立てないようにそーっと布団の中でスマホを見る。

そんな時間が、当時の私にとってほとんど唯一の自由時間でした。

誰にも呼ばれない。

何かをしなくてもいい。

ただ、自分が見たいものを見る。

そんな夜のスマホの中で、私はあるものに出会いました。

アンティークドールです。

アンティークドールなんて、むしろ怖かった

それまでの私は、アンティークドールを見て、

「かわいい!」

と思ったことなんてありませんでした。

むしろ、

怖い。

と思っていました(笑)。

古い人形特有の顔。

ガラスの目。

100年以上前に作られたものもある。

なのに、なぜか気になる。

一度見たら、また見たくなる。

そして見ているうちに、

「あれ……この子、かわいいかも」

となって。

気づいたら、完全にハマっていました。

なんとも言えない吸引力があるんです。

かわいい子は、高い

そして困ったことに。

私が「かわいい!」と思うアンティークドールは、

高い(笑)。

何十年、ものによっては100年以上も前に作られた人形なので、当然同じものを新品で買うことはできません。

この顔がいい。

この目が好き。

この子が欲しい。

そう思った子と、またいつ出会えるか分からない。

そうなると、

「今お迎えしなかったら、もう二度と会えないかもしれない」

という恐ろしい魔法が発動します(笑)。

そして私は、自分の貯金をほぼアンティークドールにつぎ込みました。

今考えると、

何やってんだ私。

と思います(笑)。

でも、その頃は本当に幸せだったんです。

ずっと写真で見ていたドールが家に届いて、箱を開ける。

実物を見て、

「かわいい……」

となる。

部屋に飾って、眺める。

育児と家事と仕事の毎日の中に、突然、自分だけの小さな世界ができたような気がしました。

そして数ヶ月後、また欲しくなる

ところが。

あれだけ欲しかったドールをお迎えして、

「もうこの子がいれば満足!」

と思ったはずなのに。

数ヶ月すると、

また別の子が欲しくなる(笑)。

そしてまた探す。

見つける。

悩む。

買う。

届く。

幸せになる。

そして数ヶ月後――

また欲しくなる。

……怖いですね(笑)。

そんなことを繰り返して、何体かの高額なアンティークドールをお迎えしました。

今はもう満足しました

今はもう、満足しました。

たぶん。

いや、満足したことにしておかないと、

破産する(笑)。

今は昔のように高額なドールを次々お迎えすることはなくなりました。

小さなドールを時々お迎えしたり。

逆に、うちで十分楽しませてもらった子は手放して、次のオーナーさんのところへ行ってもらったり。

そんな付き合い方になりました。

それでも、ときどき部屋を見渡して思います。

こんなに集めて、どうするの?

って(笑)。

そろそろ整理しなきゃね。

本当にそう思います。

……思ってはいます。

それでも、アンティークドールが好き

不思議なのは、同じ「人形」でも、私にとってアンティークドールは少し違うことです。

リカちゃんのような現代のドールも、もちろんかわいい。

でも、私がアンティークドールから感じるものとは、何かが違う。

100年以上前に、誰かがこの子を作った。

誰かがこの子を買った。

誰かの家に飾られていたかもしれない。

子どもが遊んだのかもしれない。

海を渡ったのかもしれない。

その間に持ち主が何人変わったのかも分からない。

それなのに今、なぜか私の家にいる。

アンティークドールを見ていると、そんなことを考えます。

ただ「かわいいもの」を見ているだけじゃないんですよね。

そこに流れてきた時間まで一緒に眺めているような感じがします。

そして、この子たちは私にたくさんのインスピレーションもくれました。

壊れたアンティークドールのヘッドを見て、

「もう一度からだを作ってあげたい」

と思ったのも、きっとこの子たちが家に来てくれたから。

そこから、自分でボディを作ったり、手足を作ったり、ペイントまでしてみたり。

アンティークドールを「集める」だけだった私が、いつの間にか自分でもドールを作るようになりました。

人生、何がどこにつながるか分かりません。

なんで、こんなに惹かれるんだろう

以前、AIに聞いてみたことがあります。

「私はなんで、こんなにアンティークドールに惹かれるんだろう?」

返ってきた答えのひとつが、

「そこにロマンがあるからでは?」

でした。

ああ。

それかもしれない。

と思いました。

100年前のものが、今も残っている。

誰が持っていたのかも分からない。

どんな景色を見てきたのかも分からない。

でも確かに、長い時間を生き残って、今ここにいる。

新品のものにはない傷もある。

色褪せもある。

完璧じゃない。

でも、その全部を含めてかわいい。

私はきっと、人形そのものだけじゃなくて、

その子が持っている時間や物語まで好きなんだと思います。

だから、アンティークドールを見ると想像してしまう。

この子、どこにいたんだろう。

誰にかわいがられていたんだろう。

どうして日本まで来たんだろう。

そして、

よくうちに来たね。

と思う。

そういうことを考えている時間も含めて、私はアンティークドールが好きなのかもしれません。

育児で自由な時間がほとんどなかった頃。

夜、布団の中でスマホを眺めていた私が、偶然見つけたアンティークドール。

あの頃はただ、

「かわいい。欲しい」

と思っていただけでした。

でも今振り返ると、あの子たちは、毎日の中に小さな自分だけの世界を作ってくれていたのかもしれません。

癒してもらって。

たくさん楽しませてもらって。

今では、ものづくりのインスピレーションまでくれる。

そろそろ整理しなきゃとは思っています。

思っていますが。

小さい子くらいなら、またお迎えしてもいいかな。

……このループがいつまで続くのか、ちょっと興味ある(笑)。

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育児は大変だったけれど。
(まだ終わってないけど笑)

仕事を終えて、保育園へお迎えに行くまでの帰り道は、毎日とてもうきうきしていました。

もうすぐ、大好きな人に会える。

そんな気持ちで保育園へ向かっていました。

今思えば、あれはなんだか恋しているみたいだったなと思います。

そして今、ふと思う。

アンティークドールをお迎えするときの気持ちも、ちょっと似ているのかもしれません。

早く会いたい。
もうすぐ会える。

届くまで何度も写真を見て、うきうきしながら待っている。

私、昔から「大好きなものに会えるまでの時間」が好きなのかもしれない(笑)。