アンティークドールを集めるようになって、ずいぶん経ちました。
最初の頃は、単純に
「かわいい!」
「欲しい!」
それだけだったと思います。
かわいい子を見つけると欲しくなる。
お迎えすると嬉しい。
しばらくすると、また別の子が欲しくなる。
これについてChatGPTに話していたら、
「単純接触効果」というキーワードが気になった。
人は、何度も見たり触れたりするものに、だんだん親しみを感じやすくなるそうです。
なるほど。
私はアンティークドールを探して、毎日のように見ている。
そりゃ、ますます好きになるわ(笑)。
でも。
それだけじゃない気がしました。
私は、ただ「かわいいもの」を集めたいわけじゃない
世の中には、かわいいものがたくさんあります。
価値のあるものもたくさんあります。
希少なもの。
高価なもの。
コレクターの間で人気があるもの。
でも、どんなに価値があると言われても、私は興味が続かないものがあります。
逆に、ボロボロだったり、割れていたり、誰も見向きもしないようなものなのに、
「これ、なんかできそう」
と思った瞬間、ものすごく気になることがあります。
この違いって何なんだろう。
最近、やっと分かってきました。
私がずっと好きでいられるものには、
インスピレーションをくれる
という共通点があるみたいです。
アンティークドールを見ると、何かが始まる
アンティークドールを見ていると、ただ「かわいいなあ」で終わりません。
この子にこんな服を着せたらかわいいかも。
このヘッドに、もう一度からだを作ったらどうだろう。
この小さなドールを、こんなふうに飾ったらかわいいかも。
この雰囲気、何かに使えそう。
ひとつのものを見ているはずなのに、そこからどんどん別のものが広がっていきます。
そして、
「これ作れないかな?」
と思ったら、今度は方法を考え始める。
どうやったらできる?
何を使えばいい?
売ってないなら作れる?
失敗したら別の方法は?
ここまで来ると、私の中の
「問題解決能力」が発動します(笑)。
仕事でもそうなのですが、私はたぶん「答えが決まっていないものを、どうにかする」のが好きなんだと思います。
集める対象であり、創造性を起動するスイッチ
だから私にとってアンティークドールは、ただのコレクションではないのかもしれません。
もちろん眺めているだけでもかわいい。
そこにいてくれるだけで癒される。
でも、それだけじゃない。
一体のドールを見て、
「あ、これかわいい」
と思ったところから、
何かを作りたくなったり、
調べたくなったり、
新しいアイデアが浮かんだりする。
アンティークドールは、集める対象であると同時に、私の創造性を起動するスイッチなんだと思います。
だから飽きないのかもしれません。
価値があるから好き、では続かない
アンティークの世界にいると、
「これは希少です」
「これは価値があります」
というものにも出会います。
もちろん、歴史的な価値や希少性は面白い。
でも、それだけでは私はずっと夢中にはなれません。
どんなに価値のあるものでも、そこから何も広がらなければ、いつの間にか興味が薄れてしまう。
反対に、値段なんてたいしたことなくても、
見た瞬間に頭の中で何かが動き始めるもの。
私はそういうものを、ずっと好きでいる気がします。
考えてみれば、アンティークドールだけじゃありません。
「これ、何かできそう」
「こうしたら面白そう」
「やってみたい!」
私が何かに夢中になるときは、いつもそこから始まっています。
好きなものは、次の「好き」を連れてくる
アンティークドールを集めた。
それだけなら、そこで終わっていたはずです。
でも私は、壊れたアンティークドールのヘッドを見つけて、
「もう一度からだを作ってあげたい」
と思いました。
どうやって作ろう。
手足は?
ボディは?
顔は自分で塗れる?
そうやって試行錯誤して、リメイクドールを作るようになりました。
そして作ったものを売ってみたり。
売るための仕組みを考えたり。
ブログに書いてみたり。
一つの「好き」から、また別の「やってみたい」が生まれる。
そして、そこからまた次の何かが始まる。
こう考えると、私にとって「好きなもの」って、
持っていて幸せなものだけじゃないのかもしれません。
次の何かを思いつかせてくれるもの。
それが、私にとって本当に長く好きでいられるものなんだと思います。
だから今日もアンティークドールを見て、
「かわいいなあ」
と思いながら、
その数秒後には、
「これ、なんかできないかな?」
と考えている(笑)。
たぶん私は、アンティークドールそのものだけじゃなく、
そこから何かが始まる瞬間が好きなんだと思う。
仕事中も、仕事が終わってからも、ふと眺めるアンティークドールたち。
今日もかわいいよ♡
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でも、なぜか売れない(笑)。
